『とく山』『分とく山』の料理長に。
新しい料理を考案する日々。
「とく山」での
人生の指針ともなる出会い
和食料理人として一目置かれる野﨑さん。修業時代の最後には、当時の料理人の登竜門といわれる八芳園に入店し、ここでもまた労を惜しまずに働き続けた結果、3年の間に下働きから和食部門の煮方を任せられるまでになりました。そうやって働きながら、野﨑さんはふぐの調理師免許も取得。それにより新しい道が開けていきます。
野﨑さんは1980年に東京・西麻布にあるふぐ料理専門店の「とく山」に料理長として迎えられました。
「オーナーは料理人ではなかったのですが、各地のおいしいものを食べ歩いている人で知り合いも多く、ふぐが名物の山口県でもその土地の人と親しくなり、ふぐ料理専門店を開くことになったのだそうです。山口県徳山市の粭島(すくもじま)は質のよいふぐが捕獲できる海域で、店の名前はそこにちなんでつけられています」
27歳にして和食料理店の料理長をまかせられた野﨑さん。
「とく山」では料理分野以外の方たちとの出会いもあり、その方たちから言われたことが人生の指針になっているとのこと。写真家の林忠彦先生は店の名づけ親でもあり、細かいことによくアドバイスをくださる方だったそうで、その林先生の紹介で、写真家の秋山庄太郎先生も「とく山」によくいらしていたとか。
食通だった秋山先生はあちこちのおいしいものを買ってきては、野﨑さんの食の興味を刺激しました。その味を超えるために野﨑さんは日々研究に取り組んだのだそうです。
そして、野﨑さんは三十代の頃に、秋山先生にこんなことも言われました。
「『四十歳までは、人の話を聞く耳を持っていたほうがいいんだよ。でも、四十を過ぎたら人の話を聞きすぎたらいけないよ』と。若いうちは何が正しくて、自分にとって何が大切かを見極めるためにも人の話を聞くことは大切だけど、それがかたまる四十歳くらいからは自分の意志で自分の仕事をしっかりすることが大切だということです。要するにそれまでに一人前になりなさい。ということですね」
こういった一流の方たちとの出会いが、自分の財産になっていると野﨑さんは実感しているそうです。
「分とく山」の開店とともに
新しい料理に取り組み始めて
「とく山」で9年間働いた頃、オーナーが季節の会席料理のコースを提供する店を開店することになりました。その店は「とく山」の分店ということで「分とく山」という店名になり、2軒が近所にあったことから、野﨑さんは料理長をかけもちでやることになったそうです。
「とく山」では、ふぐ料理のコースを提供していたため、もともと会席料理を作りたいと思っていた野﨑さんは、その欲求がかなりたまっていたとか。さらに、当時はヌーベルキュイジーヌといって、いろいろな料理人がメディアに出て、今までと違った新しい料理を紹介していた時代です。野﨑さんは、その流れにおいていかれてはいけないと、日々勉強をしていろいろなことを取り入れようとしていました。
「『分とく山』を始めた頃は、新しいことをやりたいという思いは強かったんですが、奇をてらってはお客様に受け入れてもらえないとも思っていました。だから、まずは食の歴史や食材の栄養のことを調べて、その知識をベースにして自由に料理を考えようと決めていました。いろいろと調べていくうちに、平安時代には『蘇(そ)』という乳製品、現代のチーズのような食品が作られていたことがわかりました。チーズは洋風の食材ですが、平安時代の人が食べていたということは和食にも合うんだと思って、まずは乳製品を取り入れてみようと考えたのです」
乳製品が和のどの食材に合うのか、どういう料理に使えるのか、日々考案して試作を重ねた野﨑さん。あるとき、味噌とサワークリームがとても相性がよいことに気がつきます。
「その当時、家庭料理では味噌マヨネーズが人気になっていたと思うのですが、これも和と洋の組み合わせですよね。おいしいけれど、料理屋で出すのはどうかなと考えているうちに、乳製品のサワークリームが思い浮かんだのです」
合わせて使ってみると、コクがあるのにさわやかで、舌ざわりもなめらか。そしてなんといっても新しい味わいだったそう。
「普通の田楽味噌とも違うし、ディップにもなるし、ソースのようにも使える。味噌の種類をかえれば、いろいろな料理に使えると思いました」
このときと変わらずに、野﨑さんは今も日々新しい料理を考え、挑戦し続けています。
和食料理屋で常備している
「玉味噌」のこと
「今回紹介している料理の『サワー味噌』には、玉味噌というものを使っています。玉味噌とは、味噌に卵黄、砂糖、みりん、酒などの調味料を鍋に合わせて、へらで練りながら火を通して作る万能合わせ味噌で、どの和食料理屋でも常備しているものです」
味噌の種類、調味料の配合は店によって違うので、その店の料理の味に大きくかかわってくるものだとか。
「玉味噌を作っておけば、料理を手早く作れるし、卵黄を使っているからまろやかな味になって、つやもよく仕上がります。家庭でも作って冷蔵庫に入れておくと便利ですよ」
玉味噌は、田楽味噌、魚介のぬた、木の芽焼き、ふろふき大根など幅広く料理に使えるとのこと。
次回は、野﨑さんに味噌を始め、基本調味料についてのお話をうかがいます。
野菜スティック サワー味噌添え
材料(4人分)
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- <玉味噌>
- 味噌(おすすめは「越後みそ」)
200g
- 卵黄
1個分
- 砂糖
50g
- みりん、酒
各大さじ2
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サワークリーム……30g
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好みの野菜(きゅうり、にんじん、
グリーンアスパラガスなど)……適量
作り方
①玉味噌を作る。鍋に玉味噌の材料をすべて入れ、へらでよくまぜ合わせる。弱火にかけ、絶えずへらでまぜながら5分ほど練るようにして火を入れていく。卵黄に火が入り、ぽってりしてきたら火をとめ、常温までさます。
②サワー味噌を作る。玉味噌30g、サワークリームをよくまぜ合わせる。
③きゅうり、にんじんはスティック状に切り、アスパラガスは食べやすい長さに切る。にんじん、アスパラガスはさっとゆでる。器に盛り、2を添える。
※玉味噌は多くできるので、残った分は密閉容器に入れ、冷蔵で約1週間保存できる。
「野菜スティック サワー味噌添え」で
おすすめの蔵乃屋の味噌
越後みそ
「サワー味噌」で、サワークリームのディップにコクのあるうま味をプラスしてくれるのが味噌です。
塩味の中にもバランスよく麹が香る越後みそで、ぜひこの料理を作ってみてください。