やらなくていいこと。やったほうがいいこと。
時代とともに増えた
「便利なもの」
和食料理人として50年以上の経験を積んできた野﨑洋光さん。子どもの頃から今までをふりかえってみると、食まわり環境の激しい変化を実感していると話します。
「僕が小学5年生の頃、今から60年ほど前ですが、僕の家では火が薪からガスに変わり、冷蔵庫も購入しました。毎日の煮炊きが簡単にできて、しかも生鮮食料品が保存できるようになって、料理をするのが楽になったし楽しくなった。今の時代に生きていると、なかなかその便利さに気づけないけれど、僕にとってこれはまさしく革命でしたね」
それまでは、料理をするにも、まずはかまどに薪をくべてまず火を起こすことから始めなければならず、さらに火加減の調節も大変でした。食材は自給自足が基本で、保存するためには、漬けたり、干したりなどかなりの手間をかける必要がありました。毎日料理を作る人にとっては大変だったことでしょう。
「今は、本当に便利なものが多くありますよね。食材にも便利なものが増えてきたと感じています。例えば、かたくり粉もそうですね。『ごま豆腐』は、高野山で修行をする僧侶達の精進料理として欠かすことのできない料理で、くず粉、練りごま、だしなどを鍋に入れて火にかけて練り、型に流し入れて作りますが、家庭ではなかなか作ることができなかった。でも、明治以降に『かたくり粉』が普及し、くず粉の代わりにかたくり粉を使えば、手軽に上手にごま豆腐が作れるようになった。これにより、一般家庭の食卓にもごま豆腐がのるようになったんですね」
使いやすい材料が売っているなら、昔から伝わっている材料や作り方にとらわれることなく、どんどん使っていけばいい、と野﨑さんは言います。「旬」についての考え方も同じ。
「一般的には旬のものがおいしいと考えられています。でも、実際には旬がわからなくなっているものも多くあり、日本の食材には季節感がなくなってきていることを感じています。例えば、そら豆。近年は、鹿児島で2月にそら豆が収穫できて、そこからだんだん北上していき、実は1年中収穫できるようになっているってご存じでしたか。気候の温暖化だけでなく、技術も進んで、多くの野菜や果物がどんな季節でもだいたい手に入るようになっているんです」
魚介類も旬の時期がずれてきているとのこと。例えば、さんま。温暖化による海水温の上昇などの影響で、さんまが三陸沖まで南下するのが年々遅くなってきていて、旬の時期がずれてきているとか。さらに日本の沿岸では漁獲が難しくなり、高値がつくようになりました。秋の味覚の代表であるさんまですが、これまでのように安定して買うこと自体が難しくなってきています。
「現代は火力や調理器具の発達、多様な調味料などのおかげで、旬のものでなくてもおいしい料理を作ることができるようになりました。旬という季節感を大切にする考えは忘れてはいけませんが、昔のやり方にとらわれずに、そのときどきの環境に合わせて料理を作っていくという柔軟さも必要だと、僕は思いますね」
「やらなくてもいいこと」を知れば
料理はもっと気楽に作れます
「僕は味噌汁が大好きで、毎日食べていますが、皆さんのお宅ではどうでしょうか。味噌汁は、だしをとらないといけないから、作るのがちょっと面倒と思っている方もいるのでは? でも具材によっては、だしを使わなくてもおいしい味噌汁を作ることができるんですよ」
この連載のVol.6で紹介した「あさりとにらの味噌汁」、Vol.9で紹介した「焼き鳥とセロリの味噌汁」は、うま味が引き出せるあさりや鶏肉を使っているので、だしは使っていないのですが、とてもおいしい仕上がりになっています。
「今回紹介する『アボカドとしいたけの味噌汁』も、だしは必要ないんです。しいたけを薄切りにしてうま味を引き出しやすくし、さらにコクのあるアボカドを使うことで、味わい深い味噌汁に仕上がりました。だしをとる手間がないというだけで、味噌汁ってもっと身近なものになりますよね」
ところで、最近、だしが入っている液状の味噌=「液みそ」を使う人が増えているとききますが、野﨑さんはどう感じられていますか。
「それも便利なものの1つですよね。どんどん活用すればいいと思いますよ。具材を鍋で煮て、仕上げに適量加えるだけで味噌汁ができる。毎日ごはん作りを頑張っている方にとって、味噌汁との距離がまたぐっと縮まるものではないでしょうか」
また、流通の発達が調理の手順にも変化をもたらすようになったと野﨑さんは考えます。
「以前は、油揚げは熱湯でさっとゆでて油抜きをするのが当たり前でした。表面の油が酸化してくさみがありましたからね。でも、今は質のよい油を使っているのはもちろんですが、流通がよくなって製造されてから店頭に並ぶまでの日数が短縮され、表面の油があまり酸化せずにすむ。だから、もうわざわざ油抜きをする必要がないんですよ」
今までかけていた手間を省くことができれば、その時間で、丁寧に盛りつけをしてみるとか、料理を楽しむ時間にあてることもできますね。
料理人だけが知っている
「やったほうがおいしくなる」こと
やらなくていいことが増えたという野﨑さんですが、逆にこれをやったほうがおいしくなる、という手順もあることを知ってほしいと語ります。
「薄切り肉を使うときは、事前にさっと湯通しをする作業=『霜降り』をすることをおすすめします。霜降りをすることで、酸化によるくさみやアク、不要な脂肪が抜けて、肉自体が持つすっきりした味になります。うま味が抜ける、固くなるという心配はいりません。逆に柔らかくおいしくなるんですよ」
薄切り肉は断面が多く、酸化しやすい特徴があり、そのまま調理するとくさみが気になることがあるという野﨑さん。肉にくさみが残っていると、結果そのくさみを消そうとして調味料をいくつも使ってしまうことにつながります。味つけが複雑になると、肉本来の味わいが隠れてしまってもったいない、と食材本来の味を大切に考える野﨑さんならではのひと手間です(「料理人 野﨑洋光」動画Vol.1の中で紹介している「肉豆腐」でも霜降り作業をしているので参考にどうぞ)。
「また、青菜は加熱する前に水に浸しておくとおいしくなるってご存じですか。水に浸してしばらくすると青菜はパリッとしますので、加熱した際に火の通りが早くなってシャキシャキとした食感になります。加熱時間が短ければ、青菜のうま味や栄養も保持できますので、おいしく仕上がりますよ」
ほうれん草、小松菜、菜の花、春菊、青梗菜などの青菜を使う際に、ぜひ試してみてください。
「ほかには、ごぼう、にんじん、れんこん、さつまいも、さといもなどのでんぷん質の多い食材は、3分ほど下ゆでしてから使うといいんです。ゆでることででんぷん質を糊化させることができ、うま味をとじこめることができます」
下ゆですることで雑味が抜けて、すっきりとした味になるそう。これも食材本来の味を生かし、シンプルな味つけで楽しむための秘訣です。
ところで野﨑さんは、今回紹介している「オクラ味噌」ではオクラの種を除いていますね。
「オクラは種を除かずに食べるのが一般的だと思いますが、僕は種の苦みが気になるんです。オクラは種を除いて使うと、品がいいうま味を味わえると思いますよ」
このひと手間は、誰かから教えられたものではなく、種の苦みが気になったので試しに除いてみたらおいしくなったとのこと。
「その食材の味や食感など、自分で気になることがあったら、一般的に言われている作り方や食べ方だけにとらわれずに、いろいろ工夫してみればいいと思います。手間を省いたり、ひと手間かけたり、自分に合った方法で新しいおいしさを見つけてください」
家庭での料理には決まりを作らず、作ること、そして食べることそのものを楽しんでほしいです、と野﨑さん。和食料理人として経験を積んできたからこそのアドバイスですね。
アボカドとしいたけの味噌汁
材料(2人分)
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アボカド……1/2個
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しいたけの薄切り……2個分
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牛乳……1.5カップ
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麦味噌(おすすめは「薩摩麦みそ」)……20g
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しょうがのすりおろし……小さじ1
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しらがねぎ……適量
作り方
①アボカドは皮をむき、縦半分に切って種を除き、一口大に切って包丁で軽くたたく。
②鍋に、水1.5カップ、牛乳、麦味噌、1を入れてかきまぜ、味噌が溶けたら中火にかけ、煮立ってきたらしいたけを加え、さっと煮る。
③器に盛り、しょうがのすりおろし、しらがねぎをのせる。
「アボカドとしいたけの味噌汁」に
おすすめの蔵乃屋の味噌
薩摩麦みそ
「アボカドとしいたけの味噌汁」のおいしさをさらに引き立ててくれるのがこちらの味噌です。国産の大豆にこだわり、麦は大豆の倍の量で仕込んだ独特の甘みが特徴です。薩摩麦味噌で、ぜひこの味噌汁を作ってみてください。
オクラ味噌
材料(作りやすい分量)
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オクラ……正味50g
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塩……少々
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生きくらげ……50g
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味噌(おすすめは「金山寺みそ」)……50g
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ズッキーニ……120g
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クリームチーズ……50g
作り方
①オクラはガクを除き、塩をまぶしてこすり、さっと洗う。さっとゆでて縦半分に切り、スプーンで種を除く。フードプロセッサーにかけて細かくとろろ状にする。
②生きくらげはさっとゆで、せん切りにする。
③ボウルに1、味噌を入れてよくまぜ、2を加えてまぜる。
④ズッキーニは皮を縞目にむき、1.5㎝厚さに切る。魚焼きグリルでほんのり焼き色がつくまで焼く。
⑤4にクリームチーズをちぎってのせ、3をかける。
「オクラ味噌」に
おすすめの蔵乃屋の味噌
金山寺みそ
「オクラ味噌」をさらにおいしくする味噌は、この金山寺みそです。茄子と生姜を入れたまろやかな味わいが特徴のおかずみそで、ぜひ作ってみてください。