野﨑洋光さんに教わる
味噌の歴史とおいしさ。
平安時代には貴族は味噌をなめることも
日本各地で特徴のある味噌が
発展していった理由
新しい料理を考案するため、食の歴史や栄養など幅広く研究されている、和食料理人・野﨑洋光さん。今回は、私たちの毎日の食卓に欠かせない味噌が、日本でどのように発展したかなど、味噌の歴史についてお話をうかがいました。
「味噌の起源は、中国だと言われているんです。日本にいつ伝来したかははっきりしていませんが、平安時代には貴族が味噌をなめるなどしていたことがわかっています。調味料のような使い方をし始めたのは鎌倉時代から。武士の家では味噌汁も食べていたようです。室町時代になって、庶民にも広まって自家製の味噌を作るようになり、日本中に味噌が浸透していったんですね」
味噌は保存ができ、干せば持ち運びもできたことから、戦国時代には戦場での食料として活用され、武将たちは味噌づくりをそれぞれの領地で進めていったとか。今に伝わる信州味噌、愛知の豆味噌、仙台味噌なども、その頃に発展したと考えられるそうです。味噌の歴史はとても古くからあるんですね。
「味噌は、米味噌、豆味噌、麦味噌の大きく3つに分けられます。米の栽培が盛んな北日本や東日本では米味噌が発展し、麦の栽培が普及していた西日本では麦味噌が発展したんです」
なるほど、それぞれの地域で多く栽培された原料を使って味噌が作られていったので、味噌には地域特性があるんですね。
「東海地区は、夏は高温多湿になるので食品の腐敗を特に起こしやすい地域だったんですね。そのため、その気候に耐えうる豆味噌が発展したのではないかと思います。それに愛知県では、地場産業に常滑焼き(とこなめやき)というものがあるんですが、常滑焼きの『かめ』は、高温多湿の中でも味噌を長期保存する容器として向いていました。それが豆味噌の発展にも起因したのではないかと、僕は考えています」
そして江戸時代以降もいろいろな土地でさまざまな味噌が生まれ、発展していきます。
「味噌は体によいものだ、という認識がいつの時代からあったかはわからないのですが、江戸時代には、『味噌は体調を整える食品』として書物にも明記されているんです。こうして歴史を振り返ると、長い年月を経て、味噌が日本人にとってかけがえのないものになっていったのがわかりますね」
味噌の種類はたくさんあります
糀の多い味噌を使うときは
味噌汁にだしはいらないと思います
味噌は、蒸した大豆に塩と糀をまぜ、発酵・熟成させて作ります。米味噌は米糀、豆味噌は豆糀、麦味噌は麦糀を使うことでそれぞれの味噌を作ることができます。一言で味噌と言っても、味わいも多種多様です。
「同じ大豆を使っても、糀の量や熟成期間が違うと、まったく違う味わいの味噌に仕上がるんですよ。例えば米味噌の場合、大豆の割合を10として、米糀の割合が仙台味噌は6、越後味噌は7、信州味噌は8、江戸甘味噌は10、京都の白味噌は20というように違いがあります。糀の割合はあくまで目安で、地域や製造元によって糀の量も違いますし、熟成期間も違いがあります。それが結果的にさまざまな味わいの味噌が作られていることになるんですよね」
一般的には、米糀の割合が多いほど甘みが強くなり、うま味も豊富になるそう。
「うま味が豊富ということは、だしを使う必要がない、ということなんです。京都の白味噌はうま味が強いから、だしを使ってしまうと、味噌のうま味とだしのうま味が喧嘩をしてしまい、おいしくならない。だから、白味噌を使うときは、鰹節や煮干しでとっただしでなく、水にこぶと具材を入れて煮て、仕上げに味噌を加えるという作り方がいいんです」
また、米糀の量が少ない味噌を使って味噌汁を作るときは、だしを使うのが一般的ですが、具材によってはだしを使う必要はないと野﨑さんは考えています。
「米糀の使用が少ない味噌はうま味が控えめなので、うま味の強い具材を使います。鍋に水とうま味の強い具材を入れてゆっくりと火を入れていくと、具材からうま味が抽出されて、おいしい煮汁になるんですよ。だから、そこに味噌を加えるだけで、充分においしい味噌汁ができると僕は思っています」
さらに、味噌についてもう1つ知っていてほしいことがあると、野﨑さんは語ります。
「加熱処理をしていない無添加の味噌は、発酵がまだ続いているので風味がとてもよく、すごくおいしいと僕は思っています」
そのような無添加味噌の容器には、発酵による炭酸ガスを逃がすための小さな空気穴があいています。自分のライフスタイルや好みで、いろんな味噌を試してみて、このような無添加の味噌を選ぶのも楽しいのではと、野﨑さんはおっしゃいます。
その土地の味噌と
その土地の特産物を合わせて
旅の気分を味わってみてください
毎日食べる味噌汁には、自分が昔から食べ慣れている味噌を使うと一番おいしく感じられますよね。でも、日本にはこれだけたくさんの味噌があるのだから、いろいろな味噌を味わってみてもらいたいと野﨑さんは語ります。
「僕は旅先では必ずその土地の味噌を買うことにしています。そして、その土地の特産物と合わせて味噌汁を作ってみることがよくあります。例えば、鹿児島の麦味噌を使うとしたら、鶏肉と根菜、しいたけなどを具にしたさつま汁を作り、鹿児島の味を満喫します。そうやっていろいろな味噌で、その土地ならではの味噌汁を作って、旅気分を楽しむのはどうでしょうか」
今回紹介する味噌汁は、東日本の広範囲で食べられている信州味噌を使った味噌汁です。関東でもよく食べられているので、あさりを合わせて江戸前風に仕立てたそう。
「あさりにねぎを合わせるのが定番で、もちろんそれでもよいのですが、今回はねぎの代わりににらを合わせてみました。ちょっと変化を加えることで、新しい味に出会える。そうやって日々料理を楽しんでもらえたらと思います」
仕上げにこしょうを振りますが、これも江戸前ならでは。こしょうは江戸時代にはかなり普及していたそうで、きりりとした風味がアクセントになってよりおいしく仕上がるとのこと。ぜひ味わってみてください。
次回は、東日本でよく使われる米味噌、西日本でよく使われる麦味噌について詳しくお話をうかがいます。
あさりとにらの味噌汁
材料(2人分)
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- あさり(殻つき)
200g
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- にら
3本
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- 味噌(おすすめは「信州蔵みそ」)
20g
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- こしょう
適量
作り方
①あさりは水に2分ほど浸してから、殻どうしをこすり合わせて洗い、水けをきる。
②にらは3㎝長さに切る。
③鍋に1のあさり、水1.5カップを入れて中火にかける。あさりの口が開いたら味噌をとき入れ、にらを加える。椀に盛り、こしょうを振る。
「あさりとにらの味噌汁」に
おすすめの蔵乃屋の味噌
信州蔵みそ
「あさりのとにらの味噌汁」のおいしさの決め手となるのは、さわやかな発酵香でクセのない、淡色系の信州蔵みそ。風味のよい味噌で、ぜひこの料理を作ってみてください。